過小評価されるトリューニヒト

 こうもinumashさんネタが続くとまるで私がinumashさんのファンのようで大変に不愉快なのだけど、また気になる発言を見かけたので取り上げる。

inumash “背広を着た”トリューニヒトもまた“法衣を着た”地球教教徒の妄信によってつくられた舞台で踊るコマでしかない。その地球教を滅ぼし舞台を破壊したのは絶対権力を持った皇帝。結論→権力(機構)は正しく使え。 2009/10/16

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 えええー? inumashさんはまさか、トリューニヒトを地球教団の思惑通りに動いていただけの操り人形とでも思っているのだろうか。それはあまりにもトリューニヒトを過小評価している。少なくともトリューニヒト自身は地球教に利用されていたのではなく地球教を利用していたと明確に語っているし、神(読者)の視点でもその認識が妥当であるはずだ。

 トリューニヒトは自由惑星同盟が滅亡した後も、地球教本部が壊滅した後も、銀河帝国の内部で平気な顔をして生き延びている。社会そのものに寄生し誰よりも長く生き抜く怪物、ほとんど妖怪的な存在として描かれているのがトリューニヒトというキャラクターだ*1

 彼が歴史から退場する羽目となったのは、地球教団の後ろ盾を失ったからでも、銀河帝国の強権によって抹殺されたからでもない。ネタバレになるが、新書版の9巻から引用する。

ふたつのことなる体制を、ひとつの資質によって操縦しようとした稀有な男が、巨大な可能性を内宇宙にかかえこんだまま、死に瀕した金銀妖瞳の男によって未来を奪われた。大義名分にも法律にも拘泥する必要のなくなった人物が、私的感情の奔出にしたがって、彼を撃ち倒したのである。皇帝ラインハルトに対しても、故ヤン・ウェンリーに対しても、身命と地位の安全を完璧に守りぬいた保身の天才が、失敗した叛逆者の「暴挙」によって、時空からの退場を余儀なくされたのであった。ヨブ・トリューニヒトの、一種の不死性を破壊するには、そのような行動だけが有効であったのだ。

 自由惑星同盟や地球教を圧倒的軍事力で滅ぼした銀河帝国の皇帝(宇宙最大の権力者)でさえ、トリューニヒトという個人を抹殺することはできなかったというのが物語上の面白さだろう。inumashさんの書きぶりだと、まるで権力の序列(しかもそれさえ怪しい)で事態が決着したかのようで大変な違和感がある。少なくとも、「権力(機構)は正しく使え」という結論や教訓を導く例としては、明らかに的外れであると思う*2

*1:ただし物語の初期はまだ人間味がある。たまに読み返すと違和感がすごい。

*2:そもそも結論というより前提にするべきことではないだろうか。